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十郎が五歳の時、父が工藤祐経(くどうすけつね)に殺さねました。そのため母の満江は、曽我祐信と再婚し、十郎・五郎の兄弟は、ここで成長し、いつか父の仇を討ちたいと心にきめていました。
建久4年(1193)5月、源頼朝は、大勢の武将を引き連れて、富士のすそので大巻狩(まきかり)を開きました。曽我十郎・五郎、工藤祐経らの武将も頼朝のお供をしました。
巻狩の夜、富士のすそ野は大あらしでした。意を決した十郎、五郎は、猛雨をついて祐経の館を襲い、祐経の首を討ち取り、父のうらみをはらしました。
『勝山記』には、「建久四 五月二十八日、曽我親の敵を討つ、富士すその。」と、あります。
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