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1996年4月、ゴールデンウィークの始まろうとしている前日、新会社クリエイトの発足式が某公会堂の1室を貸し切って執り行われた。
私はこのとき初めてクリエイトに関わる人達全員の顔を把握した。が、居ない…。私の知っている懇意なDrawing関係者の顔ぶれが無いのだ。徳田も居ない。
徳田の場合は想像がつく。隠岐会長の参加によって、辞退したのだろう。唯一、データトップの南山社長が出席している。
式が行われる直前になって、私は役員席らしき場所の末席に座ることにした。まぁ謙虚な気持ちっていうやつだ。
いよいよ式が始まる段になって、木藤専務と隠岐会長が入室してきた。
笑いながら歩いてくる2人を観察していると、2人は役員席のセンターに座った。
2人は席に着くと、隠岐会長が言葉を始めた。
「えー、ただいま役所に行って会社登記を済ませてまいりました。おかげさまをもちまして株式会社クリエイトは…」
隠岐会長は得意満面に喋りつづけている。
私は、このおっさん何を得意になって話しているんだ?単なる大口株主のくせに…と思っていた。
どうせ、木藤専務じゃ会社の興し方から手続きまで人任せだから、隠岐会長に頼んだろうぐらいにしか思っていなかったのである。
しかし、いつまで経っても隠岐会長の話は終わらない。
終わらないどころか様々な付帯事項まで話し始めた。
「木藤くん、これを配布してくれる?」
隠岐会長は木藤専務にプリントアウトされた用紙を手渡した。
木藤専務はその用紙を2つのグループに分け、左右に渡しながら、各自回してくださいと言って両隣の人に手渡した。もちろん片方には隠岐会長が座っているので、隠岐会長の前を横切るように手渡した。
次々に用紙が順送りされ、私の所にも届いた。他の株主ならびに社員にもプリントが配布されていった。
ちなみにクリエイトの社員は、イースト時代の私のチーム(技術)と湯川のチーム(営業)、それに隠岐会長の会社、センチュリーの社員から構成されていた。その他、若干名の新人社員と事務要員…。
さて、配られたプリントに目を通すと、(気になる部分を赤色で)
平成8年4月 株主の皆様へ 株式会社クリエイト 貴、ますますご清栄のこととお慶びを申し上げます。 記
株主の皆様には、株式の増資を行っていただき、その後の手続きが遅れま 敬具 |
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さすがに、こういう事には慣れているだけあって、実体が何も無いのに「良くもまぁ次々にそれらしく書けるものだ」と妙な関心をしてしまった。今わかっている事実といえば、DrawingのWindows版を私が製作して、Drawingの販売をイーストから湯川に任せるという事だ。
つまり、私と湯川の仕事がクリエイト全ての仕事なのである。
さて、資料にもあるように登記簿謄本写と株主名簿も一緒に配られた。まず、登記簿謄本写を見ると…。
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なんだ?隠岐会長はクリエイトの社長じゃないか!
さらに株主名簿を見ると…
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…以降は私の感情を殺して記述する。
新会社クリエイトは新しく始まる会社では無く、完全に隠岐会長の息のかかった会社である事が判明した。
つまり、隠岐会長はイースト奪取の際に、曽根社長と木藤社長が設立した幽霊会社も一緒に取得していたのだ。いや、後日利用方法を思いついたのかもしれない。とにかく、クリエイトの株式は隠岐会長の会社から譲渡されたこととなっている。
クリエイトという株式会社設立は曽根社長と木藤社長だ。それを隠岐会長は無一文で引き受けた。
そして今回の作戦で銀行に資本金を注入する。つまり1,000万円(いや、数百万円かもしれない)。隠岐会長は自身の株式が51%になるまで株を譲渡する。単純に考えて500万円…。
私も湯川もこんな話を当然聞いていない。新しく設立すると聞いているのだ。しかも株主名簿を見るまで、隠岐会長から株式を譲渡されたなんて知らなかった。
隠岐会長は51%の株式を出資したんじゃない。49%の株式を譲渡したんだ。どちらにしろ、隠岐会長は51%の株式でイーストと同様、クリエイトに経営参加するのだろう。
イーストは無一文で、クリエイトは500万円で株式会社を手に入れたことになる。しかも独占状態にしながら…。
会場に集まった人達は、おそらく何の疑問も持たなかったであろう。そのほとんどがDrawingを通して知り合った人達で、Drawingの主なメンバーがクリエイトに参加しているように見せてあったからだ。しかし今は、Drawingの代理店の1つに過ぎなかったセンチュリーがDrawingを掌握してあるように装っている。私も知らない間に利用されている。
もちろん、他の株主には長年の年月の中で、イーストの末期的な事情は知れ渡っているだろう。その後、権力は隠岐会長の手に移った事も…。
しかし、隠岐会長が社内で行っている数々の出来事は知らないと思う。隠岐会長は表向きに単なる裏方の立場を演じているからだ。ところが事実は、恫喝にも似た方法でイーストを操っている。それが内部の実態だ。
式の最中で隠岐会長が、木藤社長はまだ経営経験が未熟なため私がクリエイトを補佐をすると言って、共同代表の意義を補足していた。
私と湯川は式を通して、隠岐会長の計略に木藤専務と私達、さらにはDrawingが利用されているという思いが強まったのを感じた。いや、確信に近かったと思う。
それでも私と湯川は新しい展開に期待していた。とにかく硬直した状況から抜け出したかった。自分達の理想を金銭的に安く実現したかったのだ。
隠岐会長の存在に不安があるが、Drawingというキャスティングボートを握っている私達は実際の力関係から言って強い。それが唯一の救いだ。いや、そう思いこむことで自分をごまかした。
木藤社長は発言の機会は少なかったものの、うかれているようだ。
まったく、この人は自分の状況がわかっているのだろうか?と私は他人の事ながら心配になった。
「未熟ながら隠岐会長の下で会社を盛り上げていくつもりです…」
相変わらず、木藤社長はのんきな事を言っている。
さて、イーストの反応は…。
株主名簿を見ると曽根社長の名前がある。1株だ。
おそらく幽霊会社時代の名残なんだろう…。
木藤専務はイーストを裏切った形になっていない。あいかわらずイーストの専務である。クリエイト社長と兼任している格好だ。
私も湯川も対外的にはクリエイトに出向に行っているものとなっている。私はクリエイト役員を兼任だ。
この当時、曽根社長の反応は何も無かった。無関心を装っているようだった。
ただ私が、曽根社長、私はまだイーストの社員ですよというと、嬉しそうに俺はおまえの事を心配しているんだみたいな事を言ってくる。だが私の心は曽根社長から離れている…。この当時の私は微妙な(言葉でうまく説明できない)心境だった。
他の社員にとって、クリエイトは裏切りの象徴になっていた。沈没する船から立派なサブボートを取り出して海に漕ぎ出したような物だ。しかも財宝を積んで…。それは正しい見かただろう。
まぁ、私の実際もそうなんだ。沈む船と運命をともにする気は無い。
しかし、私はクリエイトを、イーストの優秀な社員を最後に引き取る会社だと位置付けていた。そのための準備をしておこうと…。
大谷部長と他の数名には、クリエイトが発足しても様子を見ていてくれと耳打ちしていた。
もちろん、最後にはイーストの社員の一部を救うから、そのときまでイーストで我慢してくれと…。
だが、様子を見ていてくれなのだ。ここが微妙な心境なのだ。
私は心のどこかで隠岐会長を信用していない。それどころか疑惑だらけだ。
隠岐会長がクリエイトのためにイーストから資金を吸い取ったとはどうしても思えない。発足式を通して知った新情報はやばいぞと感じるしかないのだ。
私は内心覚悟を決めていた。新しい展開に期待する。しかし、何か事があったら踏ん切りもつけると…。
それで、様子を見ていてくれなのだ。彼らイーストの社員が危ない橋を渡る必要も無い。機が熟すまで隠岐会長の様子を見ていてくれなのだ。
発足式の最中、松本公認会計士を知った。隠岐会長のブレーンの1人だ。
鷹のように鋭い目つきをさせながらニヤニヤ笑っている。
私は時代劇で、代官と悪徳商人の賄賂のシーンを重ね合わせていた。賄賂成立後の代官と悪徳商人の含み笑いのシーンだ。
どうやらこの松本会計士はクリエイトの監査も担当するらしい。
イーストの帳簿を粉飾させていた人物がクリエイトにも参加する…。これを怪しいと思わずに何と思えば良いのだろう…。
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