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株式会社クリエイトはゴールデンウィークを過ぎて本格的に機能し始めた。事務所はイーストの営業部がそのまま与えられ、開発は私の地方事務所が担当した。
業務そのものはイーストの頃と何ら変わらない。強いていえば、私はシステム開発の事より、会社全体のことを考える事のほうが多くなった。
以前、吉田専務が専務になった時の理由に、会社に意見を言える立場とか、会社を監視できる立場というのがあった。
経営者の一員になるということは当然、そういう要素を含んでいる。社員のときのように、ある意味で無責任な言動は出来ない。
では、実際に取締役の役割って何だろう…?
取締役の権限は、大きく分けて以下の2つがある。
取締役会の構成員となって、会社の業務執行の意思決定をする。つまり、取り締役会で議決をするという事。
代表取締役、業務担当取締役の業務執行を監視する。取締役会の意思に反していないのか監視する。
法的にいえば、
●株主総会不存在、無効確認の訴え(商法252条)
●株主総会決議取消の訴え(商法247条)
●新株発行無効の訴え(商法280条の15)
●合弁無効の訴え(商法415条)
●資本減少無効の訴え(商法380条)
●破産の申し立て(破産法133条1項)
●会社整理の申し立て(商法381条1項)
などを取り締まり、単独で裁判所に提起できる。
また、会社が取締役会を開かず逃げている場合に緊急取締役会を召集できる。
もちろん、一部の取締役の不正も監視する必要がある。
ところが、日本の会社と言うのは大も小もきっちりしていない。株主不在の経営を堂々と行っている。もちろん、会社に対して何も言わない株主もいけないのだが…。
これが小さな会社ではもっと顕著で、取締役の同族支配のため社員並びに株主は一部の経営者に身も心もささげるはめになる。経営者は親分的な気分に浸り、下の者を救うという義理と人情に寄るため、なんとか日本的美意識が機能してきた。日本の会社機構がもたれあいになる理由だ。
しかし昨今、義理と人情で会社を経営できる時代でも無くなってきたし、イザとなったらトップはさっさと逃げて責任逃れをする時代になった。
そのような状況でも、下のものは義理と人情を信じている。それに対してトップには、義理と人情の意識が薄く、自分のレベルをなかなか落とせない。そして下を見限る。つまり、逃げた者勝ちだ。
トップが逃げられる要素に、下の者が法律や裁判に頼る事に抵抗感があることに起因する。そして上の者ほど、法律や裁判を悪用(抜け道)する。巧妙に逃げるのだ。
1996年6月。木藤社長が私のところに来て、Drawingの動作原理を仕様書にして欲しいと言ってきた。そして、特に和田君の発想した部分を集中的に書いてねと念を押した。
私は、それじゃ、全部になりますよ、どうしてですか?と答えたと思う。
すると木藤専務は、隠岐会長はすごいことを考えているんだよと言い、詳細を語ってくれた。
隠岐会長の作戦…。
隠岐会長はブレーンの1人に三谷弁護士を抱えている。この人は著作権を主に扱う弁護士で、書店に行けば、コンピュータと著作権を扱う本の著者の中に発見できる。
私が知っている著書は、著作権の事をマンガで紹介している本だ。いかにも優しそうな先生が親切に法律を教えているのだが、実物は影では何をやっているのかわかったもんじゃない。
私はクリエイト新設の直後に隠岐会長から三谷弁護士を紹介された。これで松本会計士を含め隠岐会長のブレーンに一歩迫った。
どうやら、木藤専務の話では私と三谷弁護士の接見から話は始まるらしい。
隠岐会長はDrawingの著作権を鈴木建設に対して無効だと訴訟する気なのだ。
鈴木建設ではイーストの秘密内定の際、隠岐会長の存在を知りイーストに対して突然、三行半(みくだりはん)を付きつけた。
最初のうちは、何故?鈴木建設が突然Drawingとイーストから撤退したのか?、イーストの役員も含めて誰も理由を知らなかった。
しかし、鈴木建設の人事異動のゴタゴタの最中(おかげ?)に、どうやら隠岐会長が原因で鈴木建設が断絶してきたらしいと鈴木建設の真相がもれ伝えられ、最後に隠岐会長本人に報告が入った。
その事情を知った隠岐会長は敵意剥き出しで、鈴木建設の役員に対して嫌がらせの手紙と供に鈴木建設に関係ある自分の裏書のしてある手形を送りつけた。私も事情を良く知らないのだが、契約違反と手形を飛ばして信用を落とすという作戦のようだ。作戦の意図は私も人に聞いただけなので、間違っているのかもしれない。しかし、嫌がらせの手紙と裏書をした手形を送った事は事実である。鈴木建設では、送りつけられた書類を無視することにしたようだが…(それでも関係者の事情聴取はあったようだ)。
これによって隠岐会長と鈴木建設の溝は決定的になった。まるで子供の喧嘩だ。
ちなみに鈴木建設がイースト関係者に隠岐会長の名前を発見して、イーストを切ろうと思った理由に、隠岐会長は過去にM&Aを担当していた厄介な人という情報が入った事にある。通常のM&A担当ならば神経質になる必要もないのだろうが、過去の業績に問題があった。手段を選ばない厄介者らしいのだ。つまり、企業として関わりを持ちたくない人物と評価される実績が問題らしい。もちろん、1億円の仕事を振り出したのにイーストが会社として再生していない事が引き金だ。
私はこの話を後になって知った。
話を戻してDrawingの著作権、のちに事の顛末を知れば、隠岐会長の意地がDrawing奪取の動機だとも思えるのだが、当時の私は違う理由を隠岐会長から聞かされた。木藤専務の話があってから数日後の事だ。
隠岐会長は私を笑えるほど丁重に扱い、「和田君、木藤君から聞いていると思うけどDrawingの著作権を和田君のものにするよ」と提案してきた。
著作権と言っても特許出願中が正しい。
特許は個人に与えられる。現在の特許出願者は鈴木建設の社員数名に分散されている。
特許はこの出願中の間に審査〜公開され、その間に異議の申し立てが無ければ正式に特許が与えられる。
隠岐会長の作戦は、Drawingの発想者は実をいうと和田だと意義を申し立てるという事だ。そのための資料が必要だと言う。
言われた私にすれば悪い気はしない…。実際に作業をしたのは私であるわけだし…。
しかし、最初の発想は鈴木建設の社員にあった。そして漠然として雲を掴むようなアイディアの段階でイーストに作業依頼が来たのだ。
私はその発想に刺激され、具体化するアイディアが次々に沸いてきて、実際に形となった。はっきり言って、95%は私のアイディアだ。しかし残りの5%は私じゃない。ただし、その5%はDrawingの種でもあり、全てでもある。
私は鈴木建設で特許を申請するとき、アイディアの仕様書を要求され、提出した。
隠岐会長は、その時の曽根社長が悪いと言う。言われるままに資料を提出してはイーストに何も残らないと言う。
私も同感だ。企業にとって特許とかの著作権は重要な要素だ。それだけでも金になるし、会社の財産だ。単なるソフト開発では何も残らない。日銭を稼いで終りだ。
鈴木建設を含めた多くの会社では、権利の重要性がわかっている。鈴木建設ではDrawingの試作版が出来た瞬間に申請の用意を始めた。今でもDrawingの版権はコンピュータにとって重要な入力の要となっており、大手家電メーカー等が取り下げてくれと要求してくる。申請に対して、異議申立てが多い権利ほど将来のある権利なのだろう。それだけ攻撃の対象にされる。
さて、ブレーンに著作権専門の弁護士を抱えている隠岐会長は抜け目が無い。
隠岐会長の戦略も十分納得できる。しかしそれは鈴木建設に喧嘩を売るようなものだ。
今でも大手家電メーカー数社が、Drawingの特許を取下げてくれと要求してくると記した。正確には要求じゃなくて、お願いに近い。日本的な会社同士の協定だ。日本以外の国なら徹底的に闘うのだろうが…。ここが面白い。
ちなみにDrawingの特許は5つの国に出願中だ。コンピュータの入力方式(こんな書き方しか出来ないのだが)を建設会社が握っているのだ。
確かに会社の規模で勝ち負けが決まるわけでもない。当然、権利の主張は闘うべきだ。
Drawing開発時の経緯を良く知らない途中参加の隠岐会長は勝てると思っているのだろう。しかし、最初の発想は私じゃない…。
隠岐会長は私だと思いこんでいる。いや、経緯の全てを知っていても訴訟する気なのかもしれない。
だが、それはそれで私にはどうでも良いことだ。
私は心の中で隠岐会長の要求を拒否した…。
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