第五章


株式51%

和田信也 イースト部長 徳田の隠岐会長が新会社にたくさん資金提供しているという情報を得た私は湯川に電話した。東京の営業部に電話を入れ湯川を呼び出してもらう。
「やぁ、湯川。隠岐会長が新会社に資金提供している話を知っているかい?」
「確か10%以下なら良いと私達が同意したやつやんね?やっぱり出資したんや…」
湯川の返答から、どうやら知らないらしい。
「徳田の話だとかなりの額を入れたんじゃないかな?」
私は推測混じりで湯川に説明した。
「ええっ!どうしよ?2日前、銀行に銭入れてもうた…和田さんは?」
「さっき振り込んだばかり…とにかく真相を把握しないといけないから、木藤専務いる?」
「外出でおらへん。今日は戻らんのとちゃうかな?」
「そう…じゃ、木藤専務がつかまったら説明を聞いておいてよ」
私は湯川に真相を託して電話を切った。

 徳田は隠岐会長が大嫌いだ。それは体質改善委員会を通して感じた、一見すると実力主義で社員に任せるような事を言うが、実態を伴った事が無い事に起因している。
おそらく少しでも新会社に隠岐会長の資本が入っていると断る可能性もある。それで投資金額を10万円にしたのかもしれない。今はその可能性にすがるしかない。それに隠岐会長の件は、まだ疑惑じゃないか。イーストを潰して新会社に賭けているのかもしれない(私はまだ、お人よしだ)。
湯川祐次 イースト営業課長
 翌日、湯川から電話が入った。
「和田さぁん…木藤専務、あのボケやりおった…」
力なく湯川が電話口でボヤく。
「えっ?で、どうなっているの?」
「隠岐会長、51%出資したんやと…」
「はぁ?51パーセントォ〜!?」
「51%出資したんやと!」
湯川は声を少し上げて念を押した。
「10%以下にするんじゃなかったっけ?」
「木藤専務の話やと『資金が全然集まんなくて…』っていい訳しとった」
「なんじゃ、そりゃ?今までの話は何なんだ?」
「和田さん、2日後に東京に出てこれる?そのときに木藤専務と話しましょ」
そのようなわけで、私は急きょ東京に行く事に同意して電話を切った。

 2日後東京にて…。
 イーストや隠岐会長の入っているビルでは大っぴらに話もできないので、業務終了後、私と湯川と木藤専務の3人で居酒屋に向かった。魚民だったろうか?
ボックス席のような区画の壁側に木藤専務が座り、私と湯川はテーブルを挟んで2人で並んで座った。
木藤専務の横の開いている席に荷物を預けると、いつものように、とりあえずビールを経て、日本酒ちょうだいに時間が移行したとき本題が始まった。

 「木藤さん隠岐会長が51%出資したって本当ですか?」と私がまず切り出した(私と湯川は社員がいない場所では、木藤さんと呼んでいる)。
木藤浩次 イースト専務「そうなんだよ、えらい困ってね…湯川君にも話したけど、資金が集まらなかったんだよ…」
木藤専務がいいわけを始めた。
「親戚のね、姉さんの…ホラ、前話した…駅前に土地を持っている…」
木藤専務の下手な嘘が延々続く…。
「…で、もうすぐ株式を1,000万円にしなくちゃいけないでしょ?」
まだまだ続く…。
「知っていると思うけど、このままじゃイーストも潰れちまうし…あっそうだ、社長が死ねば保険が入るんだけどなぁ…」
まだまだまだ続く…。
あぁ、続く続く…いつまで書き続けてもしょうがないので要約すると…ようするに、アテにしていた資金源が無くなり、時間も無いので、隠岐会長に当面の援助をお願いしたという事だ。
 私と湯川は木藤専務の話を黙って聞いていた。木藤専務の話の途中で会話を遮って反論すると、その反論に話が移行してしまい焦点をぼやけさせてくるからだ。
つまり、木藤専務は、その場限りで話題を展開させることに慣れていて、結局自分の首をしめる方向に進んでいく。会話の最初と最後で矛盾が生じ、自己破綻をきたしてしまうのだ。
通常なら、その破綻を交渉の武器にして、会話を有利な方向に持っていくのが上手い作戦だが、木藤専務が相手となると状況が違ってくる。
あまりに矛盾点が多すぎて聞いている側が疲れてしまうのだ。そして矛盾点が出るたびに話を取り繕うものだから肝心の話がなかなか進展しない。
私も湯川も木藤専務に大切な話をするときには「事実関係から逃げられない」よう、まず一通り木藤専務に話をさせる事が多いのだ。そうしないと、聞きたい話の結論の前に時間切れになってしまう。単なる飲み会の形で終了することもあるからだ。
そうはいっても、それで?とか、で、あの話は?といった相槌のタイミングも必要である。木藤専務の話が脱線しそうなときに修正する役割があるからだ。
とにかく、テーブルの遠くに感じる木藤専務の意味の無い話をしばらく黙って聞いていたのだ。

 今度はこちらの番だ…。
「何故?隠岐会長が10%以上出資すると言う話があったときに連絡をしなかったんですか?」
「だから、それは…」と木藤専務が言いかけたときに話を遮って…。
「時間が無かったと言いたいんでしょう?でも、私達にとって一番大切なポイントじゃないんですか?」
1度話を聞いているので、脱線はさせない。この一言で木藤専務はシュンとして下を向いた。
 湯川も言う。
「どうすんのよ?もう銀行へお金を振り込んでもうたよ…カネかえして…」
「それはできねぇよ」
木藤専務は顔を一瞬上げて、また下を向いた。
「私も投資したんだから商売で失敗するのなら仕方ないけど、まだ始まる前から失敗するなんて笑い話にもならないですよ」
「まだ失敗したとは限らないじゃねーか」
再び木藤専務が顔を上げて、また下を向いた。
責められる木藤専務「いいや、失敗です!」
私と湯川は声を合わせて答えた。

 「木藤さん、隠岐会長がチョロチョロ出てくると私達がダメだって知っていたんとちゃーうの?」
「わかっているよ」
木藤専務は下を向いたまま答えた。
湯川は呆れながら言い捨てた。
「それが失敗だっていうの!」

 「木藤さん、私達は隠岐会長が経営に参加すると真面目に仕事をしない可能性がありますよ。そうなったら新会社も何も無いんじゃないですか?それが『最初から失敗』だっていうんですよ」
私は親切にも説明を加えた。
普通なら、心配しなくても、おまえ達なんかアテにして会社を興すんじゃないよとでも言ってくれればカッコイイのだが、木藤専務は、私達が新会社を否定しかねないという言葉に混乱し始めた。
そして顔を上げて一言、「どうしよ?」と言った。これも良くあるパターンである。自分の思考が停止すると他人に意見を求めるのだ。
 意見を求められたほうは、議論に勝ったと勘違いし、木藤専務に助言を施す。しかし、何日たっても助言は生かされる事が無い。助言を生かすどころか逆の行動をしているときもある。ここにきてはじめて助言者は、やられた!と思うのだ。木藤専務にはそのパターンが多い。
そう、木藤専務は議論に負けたから、どうする?と聞いてくるのではない。言い負かされている現在の状況がイヤなのだ。現実逃避を一時的にしているのだ。

預り証 当時はまだ、多少なりとも木藤専務を信じていた私達は、また騙されるのかな?と思いながらも、木藤専務のどうしよ?に反応した。
考えられること…。
1.隠岐会長は悪人ではない。新会社を私達の理想の会社にしようと奔走している。
2.隠岐会長は資金提供だけで、木藤専務を前面にたてて盛りたてようとしている。
3.木藤専務は資金が集まらないので、仕方なく隠岐会長の提案に乗った。
4.木藤専務にある種の考えはあるが、隠岐会長の道具として使われる可能性がある。
5.隠岐会長の策略に木藤専務が騙されている。
6.隠岐会長と木藤専務が裏で取引があり、今回の新会社設立の話になった。
等が頭に浮かんだが、木藤専務を信じようとする私達は、3〜5の範囲を想定し、意見した。

 「もう、お金は振り込んでしまったので、後には引けない状況です。しばらく様子を見ましょう」
…これが私達の合意である。
ただし、新会社に不穏な動きがあった場合には私達にも考えはありますという結論だ。
もちろん、考えなど私達にはまだない。まだ良い方向に考えようとするプラス指向が頭の中を支配していた。
とにかくサイコロを振ってみよう。現状より面白ければ良い…。
私も湯川も微妙な雰囲気の中で互いの気持ちを確認した。曽根社長よりはマシになるだろう。イザとなれば隠岐会長が私達を見捨てるとも思えないし…。
どうせ、車の事故程度にしか思わなかったわけだ。
イーストからの資金流出も新会社のためだ…そう信じるしかない。今より上を見る努力が必要なんだろう。

 最後の砦を信じる事で私と湯川は自分の置かれた状況を粉飾する事にした。
曽根社長に消えてもらう事もいとわないぞ!と気持ちの片隅で考えもした。そう、吉田専務への対応を見ていたからだ。
このとき私と湯川はイーストの未来のために、現在のイーストを俯瞰して考える気持ちを固めた。隠岐会長の株式51%の不安感を紛らわすために…。

それから1週間後、会社名「株式会社クリエイト」の「株式預り証」が郵送されてきた。とうとう新しいサイは振られたのだった…。


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