第四章


吉田部長の心変わり

 体質改善委員会で決定したことに、部長クラスは社員の面談をするというのがある。
これはただ一つ、吉田部長のみを対象にした決議である。吉田部長が変われば社内の雰囲気は変わるのだ。
長井部長はメンバーの誰もが見限っていたから問題外なのである。
そういえば、Drawingのメンテナンス(長井部長チーム)を担当していた市原課長が、体質改善委員会にゲストとして参加したが、彼も「変なことをするな」と言われ、やる気を無くしたと語っていた。私は「そんな鬱憤を5年もしていたの?」と思わず聞かざるを得なかった。
やる気を無くしている場所に安住していたのでは、同じ穴のムジナといわれてもしょうがないだろう。
特に徳田はそんな市原課長を冷ややかに冷笑していた。
とはいえ、長井部長チームは、鈴木建設が振り出した1億円の仕事をしているので、今は好きなようにしておく。
どうせ、開発終了後にはチームを解散するだろうし、そのときに個々の実力が無ければ困るのは彼らだ。
それに長井部長に本当の趣旨を説明したところで無意味だからだ。

吉田賢治 イースト技術部部長 吉田部長へ主旨説明をして、社員と面接して欲しいと頼むのは私の任務となった。
どうやら、こういうことが出来るのは私だけらしい…自分で言うのも変だが、私は厳しいけど人当たりが良いやつなのかな?
実力主義と平等主義の意見の違いから、隠岐会長と意見が衝突して近頃疲れ果てている吉田部長は自信を喪失しかけていた。
私は会議がある日には東京にきているので、吉田部長の悩みを良く居酒屋で聞かされていたのだ。

 そんなある日、体質改善委員会で決議した件を吉田部長に話した。
吉田部長は、体質改善委員会が明らかに実力主義を打ち出しているということを知っている。隠岐会長もそうだ。
平等主義の曽根社長は廃人だし、木藤専務は隠岐会長の太鼓を持っている。
イースト内部が実力主義に傾倒しているのを吉田部長は感じ始めていた。

 いつものように、居酒屋で互いの知識の深さを披露しあって雑談を進めていたときに話を切り出した。
「吉田さん、昨日体質改善委員会があったんですけど…」
吉田部長は「きたか」って顔で、「ああ、知っているよ」と、私が何を話そうとしているのか察知してるようだった。
和田信也部長 イースト社員私は、「イーストの技術力が落ちていることを認識していますか?」と聞いた。
「ああ、しているよ」
「じゃ何故、技術力が落ちたと思いますか?」
「それは会社が今こんなんだから気が散っているんだろう…」
これを聞いた私は声を大きくして言った。
「まだ、吉田さんは社員をかばうようなことを思っているのですか?」
続けて…
「昨日の会議は吉田さんのために開いたんですよ。私たち全員、何故イーストがこうなったか理由を知っています。長井部長もそうですけど、責任の一端は吉田さんにあると思います」
吉田部長は黙って聞いていた。いつも私が言っている台詞なので気にしなかったのかもしれない。
 更に続けて私は…
「そこで、吉田さんが信じている社員が何を考えているか、1人1人に会って面談をして欲しいのです」
「質問事項はこちらで作成します。学校の個人面談と同じです」
ここまで言うと吉田部長は面接という提案が気に入ったのか、「それ良いなぁ」と返答してきた。
そして、「俺も社員が何を考えているのか知りたかったんだわ」と言った。
ここで主旨が曲げられることを恐れた私は吉田部長に、「イーストは吉田さんが変わらなければ沈みますよ」と念を押した。
そして、「長井部長じゃ駄目なんです。吉田さんが変わったということが大切なんです」と付け加えた。
吉田部長とは来月までに質問項目の書いた用紙で面接を実施することを確認した。
ただし、吉田部長のプライドなのか、吉田部長独自の質問もするということで決着した。

質問 後日、面接は長井部長チームと吉田部長チームに分かれて、部下の面接という形で実施した。
私はその日、ちょうど東京に所用で来ていたため、面接の実施を見る事が出来た。
面接が終了すると、長井部長が私のところに来て、「和田君、皆やる気がないね」なんて言ってきた。
「それは、あなたのせいじゃないか…」と言えない私は、「そうですね」なんて返答していた。横で徳田が笑っている…。
いや、そんな事はどうでも良い、問題なのは吉田部長の態度だ。
 しばらくして、別の場所で面接を行っていた吉田部長が部屋に戻ってきた。うつむいて悩んでいるようだった。
部屋に私がいることを確認した吉田部長は私のところに来て「和田、今日空いているか?」と聞いてきた。
「ええ、空いていますよ」と答えると吉田部長は、「みんな情けない…和田の言っている事がわかったよ」と小さな声でささやいた。
私は「やった」と思ったが、「本当にわかったんですか?吉田さんは勘違いするからなぁ…」と冗談ぽく答えた。
すると、「いや、わかったんだよ…この話は後で…」と真剣に答えてきたのだ。

 面接の質問の内容は良く覚えていないが、
○今の状況をどう思うか?
○(今・将来)自分のやりたいシステムは何か?
○給与等の待遇をどう思うか?
○会社に対して何か言いたい事は無いか?
なんていう質問群だったような気がする…。

 その日の夜、湯川と連れ立って居酒屋に行った。
吉田部長は席につくとテーブルに頭を投げ出し、「和田ぁ、俺は情けないよ」と言った。
私は、「自分が?社員が?」と聞き返した。
イースト社員代表すると吉田部長は、「両方だよ…俺のことは後で言うとして今日の面接…」と、面接での出来事を語り始めた。
話が長くなるので要約すると、面接に来た全ての社員が「わかりません…」とか「別に…」という返答だったらしい。
つまり吉田部長が言うには、「あいつら、何も感じていないのか?何も考えていないのか?」ということだ。
私も湯川も、「吉田さんは今ごろわかったのですか?」と答える以外無く、吉田部長の愚痴に「そうでしょ、そうでしょ」と相槌をしていた。
そして最後に吉田部長は、「おまえたちの言っていたことがやっと判ったよ」と話を締めくくった。
どうやら、ここまで無気力な社員にけっこう驚いていたようである。
 いや、本当は現在の状態に気づいていたのに、自ら変わるきっかけが無く、悩んでいたのかもしれない。
いつもは、普段の私たちの意見に意地で同意せず(負けたことになるので)、跳ね返していたが、本当は持論を折れる時期に感づいており、自分を納得させる機会が欲しかったのだと思う。
とにかく、あれ?と思えるほどイーストの社員を情けない、情けないとけなし始めたのだ。
そして、吉田部長は、私が今でも忘れられない一言を言った。
「俺は鬼になる…」っていう発言だ。これが「俺のことは後で言う」ってことだ。

 私と湯川は変貌ぶりが面白いので、
「人には能力差がありますよね?」--->「ある」
「能力に応じて待遇も変えるべきですよね」--->「その通りだ」
「向上心の無い社員はいらないですよね」--->「いらない」
というようなやり取りを吉田部長と交わした。
そして、「吉田さんの『わかった』は怪しいからねェ」という皮肉も忘れずに付け加えた。

 それから吉田部長が甘いことを言うたびに、「吉田さん、変わったんですよね?」と冗談が言えるようになり、「ああ、変わったよ」と返答がくるようになった。
確かに吉田部長は目に見えるように変わっていった。
売上、納期遅れ、個人評価…すべてに厳しく接していくようになった。
もともと技術力もあり、社員の気持ちを掌握している人だけに波及効果は十分あった。
体質改善委員会は、吉田部長の変化を境に社内向上委員会へと様相を変化させていった。ただ、長井部長チームは相変わらずだが…。
そして、内部からのイースト再生が実現するかのように思われた。

隠岐敬一郎 センチュリー社長&イースト会長 そんな矢先、隠岐会長は吉田部長を専務に任命した。
兼ねてから吉田部長は平等主義の正論で隠岐会長と意見を相違していたため、隠岐会長が「じゃ、吉田君にできるならやってごらん」という名目だった。
隠岐会長は日頃から吉田部長に、「このK産党め!」と、罵っていたと木藤専務が教えてくれた。
そして、吉田部長を専務に任命した目的は2つあると語った。
1つは、すぐに首を切れるで、もう1つが退職金を払わないだと言う。
すぐに首を切れるというのは、役員にすれば株主総会で解任できるということだろう。
 退職金を払わないについて…、隠岐会長は吉田部長を専務にする時、一旦イーストを退社して専務になったという事実を隠した。
専務になるには、イーストの社員を辞めてなるということらしい。
そして、同時に期間限定で退職金を放棄するという書面を作成した。
その内容は、イーストを再建する期間中に退社した社員には退職金カットというものだった。
法的には、何の根拠も無いのだが、社員総会で書面を見せつけることで威力を発揮し、既成事実とした。
事実、吉田専務は退職時に退職金を受け取らなかった。それは後に明らかにする…。

 とにかく、コスト意識に目覚めた吉田部長自身にとって、社内を改革できるポストに就くという事実は大きかったようだ。
しかし、吉田専務と隠岐会長の根本にある意識の違いは、吉田専務自らの意識改革の後でも溝を埋められなかったのだ。
その後、吉田専務は隠岐会長との対立を深めていき、吉田専務の新しい能力をイーストに還元できる機会は無くなった。
またなにか歯車が狂っていく前兆であった。それは1995年の春のことだ…。


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