第四章


新体制

和田信也 イースト部長 プライベートなことなんだが、前回の話で湯川が語ったように、私こと和田はイーストが神田に移る前日に結婚式を挙げていた。
もちろん、イーストにそんな出来事があって引っ越したことは良く知らなかった。
時々、湯川から情報が入る程度であったが、あまり気にもしていなかったことは事実である。

 私の結婚式の仲人は、なんと曽根社長夫妻である。
地方では仲人の権限が強く、将来生まれた子供の名前まで付けられてしまうような雰囲気がある。
そこで私は、結婚後も影響の少ない(無い)仲人を立てることで煩わしさから逃げようとした。それには東京の上司っていう設定が一番だ。
 最初は木藤専務にお願いしたのだが、奥さんが仲人をしない宗教に入っているため断られた。
そこで曽根社長に頼んだわけだが、裏でそのようになっていたとは…。
結婚式の当日は、私も記憶が無いほど酔ってしまったが、曽根社長も輪をかけて酔ってしまい、式の途中で雛壇から姿を消した。
式(披露宴)の終了間際には新郎は騒いでいるし、仲人は行方不明だし…前代未聞だと式場の人に言われてしまった。
それにしても、軍門に下る前日の曽根社長や木藤専務の気持ちはどうだったんだろうか?
いや、どう見ても危機感なんて感じなかったぞ?…そうだ、こんな調子で会社を運営していたんだっけ…普通の感性で彼らを考えてはいけない…。
その後、私は1ヶ月ほど放浪していたので、イーストの内情を詳しく知るようになったのはゴールデンウィーク明けとなってしまった。これも問題か…。

 イーストは隠岐会長(会長に就任)の率いるグループ会社の一員として出発していた。
一般社員からすると、事務所の場所が移っただけで、何ら変わっていないことになっていただろう。
要するに、依然としてイーストの社長は曽根社長だし、専務は木藤専務だからだ。隠岐社長は会長職となり、表には出てこない。
ちなみにセンチュリーにいた社員2名は、Drawingの営業と事務員となった。
隠岐紀和子 ニュートラル社長(隠岐婦人) 当時、隠岐会長は自分の会社、センチュリーの他に、彼の奥さん(隠岐紀和子)が社長を務める、株式会社ニュートラルを持っていた。
ちなみに、ニュートラルは一般社員が存在しておらず、隠岐会長の戦略に都合の良いように使用される会社だ。
 隠岐夫人は亭主のやることに関心を持たず、毎日自由に振舞っている。
ただし、会長婦人ということで、公式な飲み会(忘年会等)には顔を出す。
典型的なお嬢様タイプで、しかも活動的な感じがする。隠岐会長が唯一逆らえない人物には間違い無い。
良くわからないが(学生時代の友達関係?)、あらゆる場所にコネがあり、一度は某国の大使館で開かれるパーティーにも湯川とともに同席したこともある。

対外的に神田に移ってからの体制は以下のようになる。(詳しくは四章登場人物
※センチュリーグループ(会長:隠岐敬一郎
 ・株式会社センチュリー(代表取締役:隠岐敬一郎
 ・株式会社イーストソフト(代表取締役:曽根昭
 ・株式会社ニュートラル(代表取締役:隠岐紀和子
これらの会社は全て「あすかビル」の同一フロア-に存在していた。

神田事務所

 イーストは役員に隠岐会長の知り合いを追加され、新たに相談役としてスワンズ設計の東海林社長を加えた。一般社員には、曽根社長より偉い隠岐さんが来て、なんだか口を出す東海林さんが来たという認識だ。
まぁ、子供じゃないんだから実態は知っていると思うけど…その後開かれる月に1度の社員総会でアホな質問を繰り広げる様は、世間知らずの子供のようだった。

 会社の実権となると話は別だ。
曽根社長はプライドが高いので、実際に行われている仕打ちを社員の前では隠していたため、悪者扱いにされた。

つまり、こうだ…。

隠岐敬一郎 センチュリー社長&イースト会長 隠岐会長は、事あるごとに役員会なるものを開き、イーストの株式51%取得を口実に計画を断行していく。
もちろん曽根社長は断れない。木藤専務はカメレオンで隠岐会長に同意するだけ。
しかし、隠岐会長は、イーストの社長は曽根君だから、あなたが発表しなさいとおだてる。
プライドの高い曽根社長は、皆の前で偉そうに命令し、面目を保つ(実は隠岐会長の案だけど…)。
曽根社長の下す命令は社員にとって評判の悪い命令なので、更に悪者になっていく…。
 もう一つ、イーストに固執する曽根社長は隠岐会長が、こんな方法で金が集められると命令すると、イーストを守りたい一心で借金を重ねていくのだ。隠岐会長の資金調達の手段はイーストがボロボロになるまで続いていく。
その集めた金は隠岐会長に流れるように仕組まれている。あくまでも金を借りたのは、曽根社長のイーストで、曽根社長自身なのだ。
詳しくは今後に話を進めなければならない。

 私は曽根社長に同情するわけではないが、後年になって隠岐会長の近くで真意を聞いたり、金の流れを調査するに至って、神田に事務所を移してから曽根社長に何の権限も無かったことを知るようになる。
あったのは社員の前でプライドを保っている姿だけだ。
真実は隠岐会長の操り人形であり、資金調達の道具だったのだ。
人間、落ちるとまともな思考力が無いっていうのは本当なのかもしれない…いや、つまらないプライドのせいかな?
湯川の言う通り、株式を51%譲渡した瞬間にイーストを去れば良かったのかもしれない。
少なくとも、個人借金だけは残らなかっただろう。
ついでに書いておくと、木藤専務も隠岐会長に個人借金をさせられた。
これも物語の展開を待たねばならない。

 仕事の体制も変化した。
技術部は社内での受託を減らし、出向をメインで考え始めた。
そりゃそうだ。新規受注の営業活動をしていなかったので仕事が無いからだ。
仕事の無い余剰人員は出向に行くしかない。出向なら技術力が無くてもなんとか金になると隠岐会長は踏んだ。
もちろん、方針を発表したのは曽根社長で、吉田部長も同意した。
長井伸之 イースト開発部部長 開発部の変化はもっと大きい。
イーストの主力をDrawingと位置付けた隠岐会長は、Drawingの新規開発を私に依頼してきた。
それからしばらくして、Drawingのメンテナンスも私に依頼してきた。
そのため私の事務所では若干の人員補給を行ったが、地方の新人レベルの質は高くなかった。
それはそれで苦労するのだが、隠岐会長には私が重要人物と思ったらしく、気を許し始めていった。
そんな理由で実情が漏れてくるようになったのだが、ここでは本筋に戻すことにする。
 長井部長のチームは、Drawingを失ったので別の仕事をしなければならない。
しかし、幸運なことに鈴木建設がイースト救済のために1億円の仕事を振り出すことになった。
実際には、Drawingの仕事を依頼してきた鈴木建設の高木部長が関与していた。
1億円あればイーストを救済できると考えてのことだ。
当然、救済目的の仕事発注なので内容がほとんど無い簡単な開発だ。しかも重要な仕事は徳田に回っていった。
そのため長井部長チームは1年近く遊んでいるような状態になったのだ。
とりあえず荒波に出されるのが1年延ばされた。これも運なのだろうか?

 本来なら1億円はイーストを救える金額だった(赤字が1億円と内密に鈴木建設に打診していたのであろう)。
鈴木建設としては、鈴木建設の名でDrawingを販売している。
販売した手前、サポート会社が潰れるのは良くないというのが本音であろう。
証拠に、私はその後の極秘ルートから、鈴木建設が当時、Drawingのサポートの出来る他の会社を選定していた事実を知ることになった。
しかし、救済するはずの1億円は隠岐会長のもとに吸い込まれていくのであった。
その事実を知った鈴木建設では、Drawingの撤退を決め、高木部長は鈴木建設での社内権限を失っていった…。

 後にイーストの曽根社長は、「1億円投入してもらい、Drawingの売上も回復し、出向に出てもらったのに会社と自分の借金が増えている」と語っていた。すべて後になってわかった事なのだ。
とにかく事務所を移した時点での隠岐会長の役割は、イーストに臨時資金の提供とイーストの経営指導だ。
しかし、隠岐会長は1円も資金を出さず、資金を吸い上げる口実に経営指導した。
以上のことは新体制発足後、1年以上してから徐々にわかってきたことである。
つまり、1994年4月、そういう体制がスタートしたのだ。


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