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バンクーバー五輪スピードスケート日本代表の杉森輝大選手(27)=北海道出身=を物心両面から支援してきた、林業を手掛ける山中湖村山中の吉羽木材。正社員15人ほどの小さな企業で、4年前、スポンサー探しが難航、アスリートとして窮地に立たされた杉森選手に手を差し伸べた。不況による業績不振などを理由に、大手企業がスポーツスポンサーから撤退する中、利益を度外視してゆかりのない選手をサポートしたのは、スケート競技経験がある同社の羽田達彦常務(50)の「逸材をつぶしたくない」という思いだった。羽田常務ら社員は、まもなく開幕する大舞台で「YOSHIBA」のネームが入ったユニホームに身を包む杉森選手の活躍を期待している。 「苦労をかけている母から、もう援助は受けらません」。4年前、杉森選手が同社に出した履歴書には、大学時代に父親を亡くし、母栄子さんから経済的な支援を受けてきた状況が書いてあった。 羽田常務は、杉森選手が兄貴と慕い、指導を受けてきた清水宏保選手の知人から杉森選手を紹介された。「まったく知らない選手だった」が、吉田高時代にインターハイ出場を果たすなど自らもスケート選手だった経験から、競技への思い入れは強かった。 野球やサッカーなどと違ってプロがあるわけではなく、海外を転戦することが多いウインタースポーツ。五輪に出場する一流選手になると、海外練習などで年間費用が500万〜800万円かかるとされる。日本スケート連盟などからの支援はあるが、それだけでは活動できずスポンサーの存在が必要となる。羽田常務は「スケート選手は大学卒業後、スポンサーが見つからない限り、競技を続けることが難しい」状況を知っていた。 杉森選手の滑りを見て「会社にとって利益になるわけではない。でも日本を代表する逸材をつぶしたくない」と思った羽田常務。羽田吉昭社長を説得、スケート部を新設して杉森選手を迎えることが決まった。遠征費や生活費など、すべてを会社が負担することにした。 以来、杉森選手は国内外での練習や試合に出場、米ナショナルチームの合宿にも参加した。オフのときは羽田常務宅で暮らし、チェーンソーの免許を生かし、職場仲間と森に入り、伐採作業に当たった。 家族同然の付き合いをする2人。けんかをすることもしばしば。「五輪出場が決まった後、杉森がトレーナーを現地に連れて行きたいと言い出し、『急に言われても無理』と断ったら、口げんかになった」(羽田常務)という。 1981年に創業した同社は、木材の伐採や造園土木工事、産業廃棄物の収集運搬を手掛け、全社員が一度に集まる機会は少ない。それでも昨年末の五輪切符をつかんだ選考会には、多くの職場仲間が応援に駆け付けた。 いまのところ五輪会場に出向いて応援する予定はない。「現地に行けば金がかかる。テレビで観戦する」という羽田常務。浮いた金でトレーナーを派遣したといい、“息子”を思う気持ちは北海道にいる母親と変わらないようだ。(山梨日日新聞記事引用) 杉森選手の1500mの結果は、トリノ五輪の時と変わらなかったが・・ 本当にこの様な選手を村で支えてあげられたらと思います。 2月21日の応援風景写真です・・ |
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