第六章


末期症状

 クリエイトの社長で、イーストの専務でもある木藤は逃げた。
曽根社長は、イースト創設いらいの木藤専務を失った。私と大谷は、木藤専務を信用しないよう、曽根社長に忠告してあったが、曽根社長は十分うろたえたようだった。
これで曽根社長が相談できる相手は大谷だけになってしまった。私と湯川には相談できないようだ。
何故なら、イーストは3月分の給与も私達に支払わなかったからだ。

曽根昭 イースト社長 東京のイースト事務所にて、私と湯川は再び曽根社長に詰め寄った。
「いったい、給与はどうなっているの?」
「すみません、資金繰りがつかなくて、お金が無いんです…」
どうやら、隠岐会長を理由にいいわけをする事ができなくなったようである。私達の給与の件が隠岐会長の権限から離れ、曽根社長に移ったのだ。今や私達の給与を支払わないのは曽根社長だ。
「お金が無いって…、他の社員には給与が出ているでしょ?どうなっているの?」
「いや、あなた方の分は額が大きくなって、お金の工面が出来ていないんです」
「そんなことは関係ないでしょ?出す物を出さないと仕事をしませんよ。もう、2ヶ月間も給与が無いんですから…」
曽根社長は、しばらく考えた後に返答した。
「わかりました。早急になんとかします。来月まで待ってください」
「ちょっと待ってください。社長は私達の生活っていうものを考えているんですか?簡単に来月っていうけど…」
「だから、お金が無いんだから…来月は必ず払いますから…」
「わかりました。もう1ヶ月待ちますよ」
「じゃ、そういう事で…」
曽根社長がサッサと私達から立ち去りそうになった。
和田信也 イースト部長
 「ちょっと待ってください!」
私は曽根社長を呼びとめた。このまま逃げるなんて冗談じゃないと思ったのだ。
「社長、私達はもう、言葉じゃ誰も社長を信頼していません。ここに給与未払いの原因と金額を書いてください」
 しばらく、押し問答があったあと…。
「わかったよ、書きゃ良いんだろ?」
足を止めた曽根社長の言葉遣いが急に変わった。もう、ウンザリだという態度だ。
 私は最初から、この件は喧嘩腰で行こうと決めていた。が、社長の態度を見て本当に頭にきた。
「なにエラソウに言っているの?給与を払わないっていうのは泥棒と同じじゃないの…」
「はいはい、何でも書くよ。ホラ紙をよこしなさい」
 隣で湯川も怒りを押さえている。湯川の場合は東京でアパート住まいだ。しかも、結婚したばかりで物入りだ。
「社長、私は生活できていませんよ…どないしてくれるの?出る処へ出ましょうか?」
「出る処って何だよ…払うと言っているでしょ?」
もはや、完全に曽根社長も喧嘩腰だ。何を開き直っていることやら…?。
 「まぁ良いから、ここに金額を書いて、署名と印を押してください」
私達はこれ以上、話がこじれても私達に利が無いので、話し合いを止める事にした。
曽根社長は、電話のメモ用紙に社長独特のキタナイ字で、簡単に一筆書いた。

資金不足で和田と湯川両名に、2月・3月の給与を支払っていません。
1997年3月28日。曽根昭。

 さて、どうにもならないクリエイトを凍結した隠岐会長にとって、イーストは再び重要な存在になってきたようだ。
一時は本気でイーストを見限るように行動していたのに、隠岐会長のイーストに対する動きが活発化してきた。
時を同じくして曽根社長が隠岐会長に反抗してきたことも原因の1つだろう。
隠岐会長は三島社長を使って、様々な嫌がらせの手紙を関係各社に送付した。これはもう記述済みである。
 曽根社長は弁護士の入れ知恵のためか、株式51%を譲渡したことは無効だったと解釈している。
この件は曽根社長が私の事務所にきたときにも確認したことだが、曽根社長にとって弁護士の意見になっている。
どうも社員の提案より、権威の提案になびくようだ。木藤さんも吉田さんもそうだった。
ここに、上を信頼しきれないイースト社員の気持ちの原点があるのかもしれない。
 話を戻して、株式51%を譲渡したことを無効だったと解釈している曽根社長は、会社の実印を新規に作成し、取締役会を開いた事にして会社登記簿を変更した。
つまり、本当(?)の実印は隠岐会長の手のうちにあるため、曽根社長は会社業務を営めない。そのための実印変更だ。
同時に会社登記簿から三島社長を削除した。もちろん、隠岐会長と松本会計士も名簿から削除した。

 こうなったら隠岐会長も黙ってはいない。
隠岐会長も取締役会を開いた事にして、再び会社登記簿を変更した。
この会社登記簿の変更合戦はイーストが崩壊するまで何回か続けられた。
 私は、役所って、こんなにいい加減なの?と思ってしまった。
何故なら、イーストの実印は2つあるようだし、登記簿もごちゃごちゃで、どの時点の登記簿が正しいのかわからない。
隠岐会長も曽根社長も、自分がイーストの代表だと言い張っているし、取締役会も自分だけで、お互いが開催している。
知らない人が見たら、困惑するだけだ。
 ちなみに登記簿は名簿を削除しても名前が残ったままになり、名前の下にアンダーラインが引かれた状態になる。
後日、私と湯川でイーストの登記簿を役所で手に入れたとき、アンダーラインだらけの登記簿を渡された。役員なんて数少ないのに会社登記簿は分厚くなっていた。

 経営陣が分裂していれば、社員もそうだ。イーストの社員は、隠岐会長派と反隠岐会長派(曽根社長派とはいえない)に分裂している。
イースト社内では2つの系統から仕事の指示が出てくるし、毎日のように、それぞれの言い分を書いた紙が壁に貼られる。
曽根社長が、この仕事はこうしなさいと指示を出すと、隠岐会長(三島社長)は、いやこうしなさいという具合に全ての出来事に対して違った指示が出てくる。

 さらに問題はイースト以外でも波及し始めていた。関連各社にしても、イーストの実権が誰にあるのかさえわからない。
曽根社長は取引業者を回るときに、私がイーストの社長ですと念を押しているし、一方の隠岐会長は三島社長を使って、私がイーストの社長ですと念を押している。
 お互いに顔を売りこんでいるうちはまだ良い。イーストの銀行口座までもが2つ存在してくると話がややこしい。
取引業者(出向先)などは、イーストの行った作業の対価を、どちらの口座に振りこんだら良いのかわからない。
どこかの会社が仮に金を、どちらか一方に振りこんだりすると、イーストの別の社長が「あれは間違いです。こちらに振りこんでください」と直接訪問に出かける。
最後には、隠岐会長(三島社長)も曽根社長も、連日のように関連会社に出向き、「お金はこちらに振り込んでください」と談判に出かける。
 まじめに活動している会社にとって、いい迷惑だ。「どちらでも良いからはっきりさせてくれ」と言いたくなるだろう。
信じられないだろうが、こんな光景がイースト崩壊前夜まで続けられたのだ。
本当に情けないとしか言いようの無い光景だ。こんな会社に籍を置いているかと思うと自分までが情けなくなる。
 ちなみに、隠岐会長までもが関連各社に集金要請に出かけたのには理由がある。曽根社長が隠岐会長の会社に支払う経営指導料を拒否したのだ。

 さて、会社も末期症状になるとルールも何もあったもんじゃない。
経営者は社内にある金目のものは全て巻き上げようとする。
社員の親睦のためにと、毎月給与から引かれる財形貯蓄。はっきりいって、これは社員の金だ。社員の親睦費の積み立てなのだ。
有馬敏夫 イースト経理担当部長 しかし、会社は社員の金も着服し始める。立派な犯罪行為と言っても良いだろう。
これだけならまだ良い。社員に返還されるべき、年末調整の金も戻ってこない。幸いイーストでは行われなかったが、ヒドイ話だと毎月の保険や年金も着服する会社があるようだ。
 イーストでは財形と年末調整の金が何処と無く消え、社員の返還要求も無視しつづけた。
そして、私と湯川を含む社員の給与や退職金さえも…。黙っていれば済む問題じゃないだろうに。
 経理の有馬部長は、存在しているだけで何の役にも立たない。隠岐会長と曽根社長の言われるがままだ。毎日、意味のない計算を続けている。不正な経理を告発するでも何でもない。黙々と言われるがままなのだ。

 確かに曽根社長を焚き付けたのは私達だ。しかし、いったん事が始まると、個人の意地のような感じになる。
隠岐会長も曽根社長も社員のことなんか眼中に無いようだ。いや、両者とも最初から社員の事など、眼中に無かったのかもしれない。
いま演じているのは、狂った指導者の意地の張り合いだ。巻き込まれた人がいつも犠牲者になる。実際に仕事をしている人の金を着服してまで、何が経営者だ…。
隠岐敬一郎 センチュリー会長
 クリエイトは隠岐会長に株式が51%あるが、失踪中の木藤社長を除くと、私や湯川の陣営にも権利がある。
その私達がクリエイトに対してNOと言ったので、隠岐会長はクリエイトを凍結した。
本当は社長である、木藤社長がしっかりしていれば、何らかの解決策があったろうに…。
しかし、金の動きを凍結してあるため、第3者の借金を踏み倒している事と変わりない。今現在は私達も静観しているが、クリエイトが活動を始めれば直ぐにでも打つ手はある。

 そのことが良くわかっている隠岐会長も、うかつにはクリエイトに手を出せない。
つまり、クリエイトは存在しているだけで休眠状態だ。
だが、クリエイトから隠岐会長には1円も金が入らない。逆に荷物になっているはずだ。
それでも、隠岐会長の事だ。イザとなったら、単なる大株主の立場になるだろう。
誰が見ても責任は木藤社長にあるからだ。世間から見れば、方々の借金を踏み倒して逃げているのは木藤社長なのだ。
そして、隠岐会長の収入源はイーストだけになったという事だ。
 曽根社長も苦しいが、隠岐会長も苦しいはずだ。イーストも隠岐会長に金をまわさないようになってきたからだ。
寄生虫は宿主が無ければ生きられないのだ。だから、隠岐会長も必死に行動を始めたのだ。


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